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夕陽

国道382号線の万関橋と玉調の間に、浅茅湾の入り江が国道のすぐ下まで深く入り込んだ所がある
その場所が、夕陽が海に映え山脈に隠れていく風景を見ることができる穴場だそうだ
自宅からその場所まで車で10分足らずの距離だがわざわざ見に行くことはない
冬場はともかく夏季の日没前といったら私には貴重な時間帯だからだ
(なんてことはない、ただ晩酌の時間帯なのだ)

ある日、他の用事があっての帰り道、たまたま夕日が山脈に落ちようとしていた
車の交通の邪魔にならぬよう空き地に駐車して用心しながら国道を渡った
法面の刈り取りがしてあり、水門の天端に降り立って数枚の写真を撮ったが、あいにくカメラは
コンデジで三脚もない
帰宅してパソコンに落としてみるとブレブレ画像の量産だった

玉調
夕日1 (640x480)

同じ場所だが少々アップで撮影
夕日2 (640x480)

場所を移動して、遠く白嶽を望む
夕日3 (640x480)


3枚目と同じ位置から
夕日4 (640x480)

3枚目の写真の左下に見える狭い海は「万関瀬戸」の西側、浅茅湾に抜ける水路である

今、対馬は万関瀬戸を挟み二つの島に分かれているが、もともと一つの島であった
この万関瀬戸は天然の海峡ではない、当時の帝国海軍が開削した人工の運河である

対馬の要塞化が始まったのが明治18年(1885)、そして明治27年(1894)8月には日清戦争が始まり、
日清戦争に勝利した翌明治29年に竹敷が海軍要港部に昇格することになる

そして軍部は日露開戦を念頭に置き、さらに次の備えと進んでいくのである
この年(明治29年)、久須保水道の掘削が始まり、明治33年(1900)に開通し東海と浅茅湾に
水路が通じることになった

そして万関瀬戸の開削竣工から111年を経た今日、この地は対馬観光のメッカとなり、
上下の対馬島を結ぶ三代目の万関橋は対馬の大動脈であり心臓でもあるといえる



(参考文献:永留久恵著「対馬国志 第三巻」)
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対馬の夕日か~・・・

夕日に もの悲しさを感じるのはワシだけかなぁ~
対馬の夕日は一味違って見えますなぁ~

子供の頃には夕日しか見た事が無かったが 今は 夕日より朝日を見る機会が多いなぁ~
年寄りになった証拠だろうか 夕日の時間には家の中に居る事がおおいなぁ~

昨日 仕事帰りに 雲と夕日が 凄く綺麗だったので 橋の上で写真を撮ろうと停車したら なんと昨日に限って
カメラが 積んでなかった!! 一瞬を取る為に何時も車に積んでいるのに・・・残念 (;_; またね!

テレビを見ながら

pegaさん
こんちは~
昨夜来の雨も明け方には止んだけど、この時間まで新聞を取りに玄関を出ただけ~マッタリしてます

志多留は西海岸にあるけ海から出てくる朝日は見ることは出来んけんど
海の中にジューッち沈む夕陽は見られるたいね

ここから海に沈む夕陽を見ろうち思うたら阿連まで行かなでけんよ

>夕日にもの悲しさを感じるのはワシだけかなぁ~

そんときそん時ん気持ちで変わるちゃないね?
「よ~~し、また、明日が始まるぞ~」とか ^^;

カメラは常備品でっそ、アン様よ!!

浅茅湾の夕陽は最高で~す!

上見坂からしか浅茅湾を見たことがなく、家族での時折りの帰省、節目の法事で帰った時も
とにかく雨にたたられて、我が家の家族は(と言うものの嫁と息子だけやけどね・汗・笑)
大雨、霧の上見坂、万関橋、和多都美神社しか知りません。

夕陽が落ちる浅茅湾を見たのは還暦同窓会での島巡りの時が初めてでした。
本当に感動しました。pegaちゃんの言う"一味違うなぁ"、正にその通りやねぇ(感・感)
その時に撮った写真、自分が名カメラマンになったような錯覚を起こしました(イヤ、ホンマ!)

4枚の写真、どれも最高です。眺めているだけで、幸せな気分になります。
山並みが墨絵の如く浮かび上がっている3枚目と4枚目、特にお気に入りです。
いいものを見せてもらいました。

和んでもろうたね

ホンキ、デジカメんおかげで、だっでんが名カメラマンたいね (*^_^*)

地元では山に沈む夕日しか見られんとよ
海に沈むマッカナ夕日は西海岸、厳原町の瀬、上槻、久根浜、小茂田浜、阿連方面に行かな見られんとよ

いつか行ってみっけね、待っといてくれんね
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テマドハルベ

Author:テマドハルベ
団塊世代、もうすぐ後期高齢者。
花鳥風月、なんでもありのブログです。

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