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二冊目の本

一昨日の夕方、近所に住む弟が一冊の本を持って来てくれた。
そしてその本を親父の仏壇に供え拝んでいた。

弟は対馬軟式野球連盟の理事長をしている野球バカである。
現役の頃から野球優先で、子供の運動会と重なっても野球に行くという徹底ぶりだった。
もちろん今は現役を退いているが野球バカに変わりはない。
4月から11月までの野球シーズンは早朝から野球場に行き、その大会を仕切っている。

そんな彼だが「対馬軟式野球連盟50周年記念 玄界灘を越える白球 <対馬野球史>」という本を1991年(平成11年)に纏めている。
昭和21年から平成10年までの野球大会等の記録を588ページの本に仕上げた。
(対馬野球連盟の設立は昭和24年、弟が生まれた年だ)

ワープロで書いた原稿がそのまま活字本になるという根気のいる仕事だ。
記録を集めるのも容易ではなかったと思う。
私も長崎出張の折に、長崎新聞社や県立図書館で当時の資料を集めた。
私だけではなく、野球部の先輩や後輩たちも例外ではない。
長崎で大会がある度に後輩たちは資料集めをさせられている。


「玄界灘を越える白球」が発行されて13年
今回は「長崎県軟式野球選手権大会史 60年の熱戦譜 <長崎県軟式野球史>」と題した
360ページの記録を纏めた本だ。

副題になっている「長崎県軟式野球選手権大会」は長崎新聞が主催し、その年の県下ナンバー1を決める大会で、昭和26年9月末に第一回大会が開催されている。
新聞社の主催だから記録は当然保存されていて、記録の収集は前回よりはいくらかマシだったようだ。
そして今回も原稿がそのまま本になるというシステムは変わってないが、ワープロからパソコンに変わったし、前記したように資料の収集も前回よりは苦労しなかったようだ。

野球に限らず「自分が活躍した場が記録(活字)」になるということは、本を見て当時を思い出したり懐かしんだりが出来、嬉しいことだ。
そのような「本」を作ってくれた弟にエールを送りたい。



一冊目の本
1玄界灘を越える白球052 (457x640)


私が野球チームを作り、監督一年目に「選手権大会」に出場、一回戦は勝ったが二回戦で惜しくも敗退
2玄界灘を越える白球2053 (437x640)
二回戦の相手「長崎日野自動車」は一安打、我がチームは4安打
敗因の原因は、我がチームの二塁手がベースカバーに入った時、触塁してなかったと判断され
「セーフ」の判定に抗議したがインプレイ中で、二塁にいた選手が生還したその重い一点だった
試合後、セカンドベースを守っていた選手が悔やむが、もう終わったこと
救われたのは「長崎日野自動車」が「常勝 親和銀行」を決勝で破り初優勝したことだ


二冊目の本
3-60年の熱戦054 (440x640)


同じ大会の勝利した一回戦の記事(記事内容は長崎新聞)
4-60年の熱戦譜2055 (640x391)
記事中、①の投手は私ではありません、弟です


20代前半の私の勇姿? 当時は野球場がなく厳原中学校(今は公園になっている)の運動場でした
5-60年の熱戦譜3056 (498x640)
外野を守っている方とユニフォームが違うのは職場対抗の大会だったからです
当時は「親和会キング」という野球も酒も大好きというチームに所属
クラブも職場もエース!でしたが、20代後半には肩を壊して監督業に専念 ^^;



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対馬の野球史は○野に聞け!!

こんばんは~ 寒いは!!言わない事にします!

対馬の野球史は ○野兄弟に聞け!!だね \(^o^)/
どうも 色々と聞いて来ると この兄弟は弟が偉いちゃね~!!ハハハ

なんで22なのだろうか? そんなに部員は居なかっただろうに・・
22年生まれだから ? それならワシの番号や!! 22年7月22日やからね (笑)

肩!大丈夫?

本日 終わり!! 晩酌を準備しま~~す お疲れ様~

峠は今夜か・・・

pegaさん
こんばんはー
そうよねぇ、寒い、寒いち言うてんぬくうはならんもんね ^^;

>対馬の野球史は ○野兄弟に聞け!!だね \(^o^)/

アタシャ野球辞めてずいぶん経つけ今の状況はワカランですばい
公認審判員の30年表彰を受けたのがもう10年以上も前やった

>どうも 色々と聞いて来ると この兄弟は弟が偉いちゃね~!!ハハハ

仰せのとおりです

22ちいう数字が好きやった
でんが22はホントpegaさんの数字やねえ

肩は今でん右腕が真上に上がらんし鈍痛が・・・

こっちも晩酌を始めま~~す (*^_^*)

※今、TVでインフルエンザが流行っていて首都圏で二人が死亡・・・
  はよ風邪を治さなよー

22番は田淵ですぞ…!

アン様の記事のUpを見て、嬉しかったのぉ…!(感・☆)少~しだけかっちぇって貰えるたい!
小学校の"ドッジボール"から始まり、ソフトボール、バレーボール、バスケットボール、
ましてや野球なるもの、全く苦手で縁が無く、この歳まできました。

息子が生まれたのがS49年。田淵が阪神で大活躍してた頃です。田淵のホームランは
本当に美しかった!甲子園の空高く舞い上がり、ナカナカ客席に落ちんとよ!
その頃の実況中継で一番やったのが植草さん!「打ったぁ~、上がったぁ~、舞い上がった
たぁ~、ホームラン~、ホームラ~ン、田淵が打ったぁ~」との名調子でした!
ほんまにアカンタレのチームでしたが、巨人戦には頑張ってくれるいい時代でした(爆・爆)

以上が前置き(汗・笑)。息子を抱いて見ていると、田淵がよくホームランを打つので、寝ているのを起こしてよく見ました(爆・大汗)

アン様の野球の話となると、santaママのブログの頃、関東のジージが言ってた言葉をいつも
思い出します。「ハルベの球は、打てるような球やなかったぁ…」ち、言うとったね!!

本を仕上げた弟さんのご苦労まで話が及ばず、すまんことです…!(大汗)
また改めて云々で~す!!

アタシャナガシマヤッタ

河童ちゃん
こんばんはー
今日は立春ということで昨日までの寒さが少~し緩んだ対馬地方でした

アナウンサーの実況は覚えてないけんど、田淵のホームランは弧を描いて
滞空時間の長いホームランやったねぇ

物心ついた時から野球漬け、小学校の時もソフトボールの小さなトで野球式で試合をしよった

前回の本も凄いけど、今度の本もいい

野球をやってきた人間には、ぜひ一冊は手元に置いときたい本やチ思う
(身内ビイキかな!)

もう少ししたら晩酌を始めます
アタシャ、休肝日がありません (*^_^*)

No title

河童の呼んどる声が聞こえたんで出てきたよ。中学一年の時、厳中と鶏中の対抗戦。
一年生同士のハルベどんと重長の投手戦、想い出すよ。おんどたち、球拾い組は
ただ羨望のまなざしよ!?こんなもんみちゃ、野球は続けられんかったよ(バレー部の
先輩の背を伸ばしてから野球をやったらに騙されたふりして転向したよ)
 20代のピッチングフォームスリークオーターやね(南海の皆川投手みたい)中学の
時は見事なオーバースローやったばってん、肩を痛めたんやろーね。
ところで弟さんの本すごいね!!やっぱ、野球がしんから好きやのんがよーわかるよ!!
ほんとに労作です!脱帽です!!

秋が楽しみ!

関東のジージさん
こんばんはー
今日は寒さも少し緩み、夕方前から雨の対馬地方です

野球の記録をまとめて二冊の本にしたちいうこつは、我がオトッチョながらスゲェーなち思う
経験した奴には、本の中の「評」を見てスコアブックを見ると、昨日んごて思い出すシーンもある

オッドは肘と肩にガタが早うきたもんやけ現役を退いた後は監督と審判業?に専念した ^^;

昨日は「年金同窓会」の幹事会に呼ばれて行って役をもろうてきたばい ^^
ま、時間はあるけ・・・

秋には皆んとまた会えるちゃねぇ 待っとるよ~ (*^_^*)

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テマドハルベ

Author:テマドハルベ
団塊世代、もうすぐ後期高齢者。
花鳥風月、なんでもありのブログです。

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