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大晦日

今日で2011年、平成23年も終わりです

思いつき?で始めた「対馬さいじ記」ですが、ここに飽きずにご訪問くださいました皆々様に感謝

申し上げます

ブログのタイトルを「対馬さいじ記」としたものの、なかなか思うように更新できずにすみませんでした

この一年、いろいろな出来事がありました

昇龍のごとく、輝かしい新年を皆様と共にお迎えしたいと思います


外玄関に飾ったしめ縄 ウラジロの意味を理解していないのか反対にセットしてあります ^^;
1しめ縄(640x480)


内玄関の生け花です 今回はいつもよりコブリに飾ってあります
2生け花 (471x640)


床の間の鏡餅 こちらのウラジロはちゃんと飾ってあります
3床の間 (474x640)


昨日いたいだブリ 5.1kgありました 今から料理をしてオオトロの刺身で年越しをします
4ブリ (640x480)


    皆さま、本当にお世話になりました

    どうぞ来年もよろしくお願いします

    どなた様も素晴らしい新年をお迎えください


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年の瀬のBBQ!

午前中、嬉しい贈り物が届いた

一つは年末に帰省する次男から「ザ・プレミアム・モルツ」のセットが2箱

昼休みに確認の電話をする

「もう一つはどこ?」

「家でみんなと飲もうチ思うとる、 残しとかなよ!」



もう一つは中学時代の同級生、毎年サザエを持ってきてくれる

今年は本人ではなく息子が持ってきてくれた

「蕎麦うち」のため、朝早くから実家に行っていた相方が帰ってきた

正月用のサザエは昨日の朝市で買い求めている

まだ昼飯を食べていないというので、炭火をおこし壺焼きの準備をした

七輪に炭をおこしサザエを乗せてたところで相方を呼ぶとプレミアムを持ってきた

相方はノンアルコールのビールもどき?を持っている

なにせ時間は午後2時を少し過ぎたばかり、飲むには少々早いか!

と思いつつもプシュッ! 久しぶりの昼酒! 美味しい!

サザエが良い匂いを放つ頃、ブタバラ肉と手羽先が・・・

年の瀬のまったりした午後、裏庭?でのBBQとあいなった



プレミアム・モルツ
1プレミアム (640x464)



いただいたサザエ 最初はサザエを少しだけ焼くつもりだったが・・・
2プレミアムサザエ (640x424)


七輪の左側にはブタバラが・・・
3サザエブタバラ (640x478)


続いて手羽先が・・・
4手羽先 (640x473)



炭火はあっても、年末の外でのBBQは身体に応えます

続きは部屋の中で・・・




朝市

昨日の朝、正月用のサザエを買いに高浜漁港の朝市に行ってきた

毎週?、日曜日に朝市は開かれているようだが今まで行ったことがなかった

今回は正月用の朝市が開かれた

9時少し前に着いたが人も車も多い

確か開始時刻は9時と聞いていたが・・・

車を止めて岸壁沿いに歩いていると、中学時代の同級生がウエットスーツのままいた

久しぶりの挨拶を交わすと、「これを持って行かんね」とブリを新聞に包んでくれた

「アレアレ、どっか持っていくちゃないと?」

「あちこちくばりよるケ持っていかんね!」

ありがたく頂戴し、車まで引き返す

また朝市の会場まで歩く

目当ての「サザエ」を探すが見当たらない

「すいません、サザエはないとですか?」と尋ねる

「○○さんとこか○○さんとこに行かんね、今年はカジメがないけサザエもおらんとよ」

簡易テーブルの上にサザエが一籠あった

3kgで3,000円なり、これが最後のサザエだという

横には「シッタカミナ(三角ミナ)」が1kg300円だったのでこれを2kg買った

シッタカミナは5個オマケがついた

目的のサザエは買ったし珍しいシッタカミナも買った

会場の出口(入口)で息子の友人で網元のMくんが店を出していた

大晦日の日に息子が帰ってくることを告げると

「オッチャン、これ持っていかんね!」とヤズを2匹いただく

サザエとシッタカミナはハンマーで叩き実を取り出した


高浜漁港朝市の風景
1朝市風景 (640x480)


いただき物のブリ 刺身と塩焼きで・・・ 美味しかった!
4ブリ (640x480)


サザエ3kg大小17個 3,000円 
2サザエ (640x476)


シッタカミナ(三角ミナ) 2kg+サービス 600円
3シリタカミナ (640x474)


息子の友人からいただいたヤズ 刺身で食す こちらも美味しかった!
5ヤズ (640x474)


初めて行った地元の朝市、厳原の方も大勢、来ていたようだ

帰宅後、相方が言う

「他に何かなかったと?」

「イカやナマコやアジやタイや、なんやかやあった・・・言われたシナしか買うてこんやったヨ」

相方は「・・・・・・!」

今日は久しぶりの更新となった

大船越瀬戸

中興の英主といわるる対馬藩の藩主で、21代の義真公は土木工事をばいろいろとなさった

そん中でも特筆すべきは大船越瀬戸ん堀切工事やろうねぇ
元々、陸続きやったとこば掘り切って船が通らるるごてしたちゃもんねぇ
たいしたもんばい

そん当時(寛文12年=1672)に、延べ人数で35,000人の人夫を使うて半年で完成した工事の
中味は、延長が60間、幅が10間、今風に言うなら117m×19mの運河をつくらっしゃった
そん時ん費用は、銀59貫206匁4分5厘8毛の経費がかかったげな
(当時の1間は6尺5寸=1.96m)

一貫が3.75kg、一匁が3.75gとして
59×3.75=221.25kg=221,250g  206×3.75=772.5g
221,250+772.5=222,022.5g
仮に銀が1g辺り80円としたら
222,022.5×80円=17,761,800 当時ん貨幣価値がどんだけもんか分からんが、大けな金がかかったことには間違いなかろう
(どなたか当時の貨幣価値が分かる方は教えてください)

殿様は佐須ほうに銀山を持っておられたので金持ちやったちゅうことやけど、後で無理が祟ることになった

そして、こん工事は4期まで拡張を続け、長さが2町13間(260m)、幅が12間から27間(23m~53m)の大工事が完成したことになります

因みに総工事費は、169貫9匁6分2厘5毛
銀が1g当り80円として667.5kg×80円/g=53,400,000円

大船越瀬戸の堀切工事ばっかしやのうして、阿須川の開削や桟原館の築造、城下町の建設などの
大型工事ばされとる

(参考 ―― 新対馬島誌)



新対馬島誌から 西側から東側を見る
1大船越瀬戸(640x404)


整備された瀬戸 東側から撮影
2橋東 (640x472)


湾内を西側から東を望む
瀬戸1 (640x465)


記念碑はギ木で囲まれています
堀切記念碑 (640x473)


合併前に設置された説明板
堀切説明板 (640x480)


夕方になると、イカ釣りに出漁する漁船が橋の下を通っていく重要な航路になっています

また、潮の満ち引きで浅茅湾の水質も改善されているようです

   (銀の円換算の計算に間違いがあればご指摘ください)




白嶽の思い出

師走に入った3日の土曜日は、朝から穏やかな良い天気になった

弟と妹の二組の夫婦が白嶽に登るという

17日の土曜日に決めていたが、あまりにも天気が良いので急に思い立ったそうだ

白嶽には長いこと登っていないので、付き合いたかったが膝に不安があるので今回は辞退した

弟の相方は初めての白嶽登りだという

彼女にペースを合わせて頂上まで2時間かかったそうだ



仕舞い込んでいた古いアルバムをめくってみた

あった!昭和34年10月27日と日付が書いてある

12歳、小学6年生の秋 多分、白嶽初登山だろうと思う

カメラなど持っていないので、偶然に登り合わせた「クマモト」さんという方に撮っていただいた

確か農業改良普及員?をされていた方だったと思う

後日、父の職場に写真を届けていただいた

もう一人のお婆さんは、阿連から登ってこられたような話を記憶しているが

お名前は忘れてしまった


写真を大きく引き伸ばして、お二人の消息を尋ねてみたい



雄嶽の頂上で記念撮影 横のケルンは数年前になくなったと聞いている
下の写真は、頂上から少し下がったテラス ここで弁当などを食べる
草花を手に持って、何をキドッテいるのだろうか
1白嶽 (399x640)



こちらは雌嶽の頂上 今は足がすくんで、雌嶽には登ることはできないだろう
2白嶽 (455x640)

写真の裏書に、「昭和35年6月12日(日)くもり 自衛隊の人と」 と書いてある

当時は縦貫道(今の国道)を作るため自衛隊の方々が中学校の講堂に寝起きしていた

名前は失念したが、野球を教えていただいていた方だった




中学3年生の時、写真の裏書きに「1962.3.18 白嶽の頂上にて」とある
3白嶽 (640x439)

多分、入試が終わった直後の休日だろう(1962年は昭和37年)

ブレザー姿は野球部の顧問のY先生 現在は佐賀市に住んでおられる

この時は、野球部の監督と顧問の教師、同級生の男子3名、女子3名で登っている

後のメンバーとの写真はなかった


先日の登山の写真(弟提供) 手すり代わり?のロープがある
4ロープ (640x480)


頂上の弟夫婦
5弟夫婦 (640x480)


頂上から下山の途中 このような状況だから飲酒はヒカエマス ^^;
6下山 (640x481)


頂上から少し下がったテラス ここで弁当を広げたり、冷たいビールのお楽しみタイムとなる
7テラス (640x455)


鶏知から見た白嶽
8鶏知からの白嶽 (640x480)



現在は登山口まで車で行くことが出来る

駐車場から頂上まで約90分くらいかかるが、後一回は登ってみたい

冬の使者Ⅲ

相馬市に住んでいる知人から今年もリンゴが届いた

3月11日に東北地方を襲った未曾有の大震災、安否が気になり電話しても連絡が取れなかった

数日が経過してやっと連絡がついた

屋根の瓦が落ちたり柱が傾いたりしたが、家族に被害はなかったという声に安堵した

今は、瓦などの修理は終わったが、まだ地震の揺れによる家屋の歪みなどは当時のままだという

工務店さんに修理を依頼しても順番が回ってこないそうだ



Sさんという70代の女性の父君が、戦前に対馬の憲兵隊に勤務をしておられた

当時、高等小学校を出たばかりの私の父は、その憲兵隊の事務所で「小使い」をしていた

Sさんは対馬の生まれではないが、父親から対馬の思い出をいろいろと聞かされて育った

両親が他界された後も、私の母と年賀状の交流があっていた

10年ほど前、その方が子どもさんと一緒に初めて来島された

父親が暮らしたという対馬を一度見たかったと言われた

短い滞在だったが対馬をご案内した

昨日、震災後9か月が経過した

警察庁によると9日現在、死者1万5841人、行方不明者3493人で、全壊した建物は12万5999戸に

上るという


毎年、この時期に届く「冬の使者」
リンゴ


   今年は「福島産」ではなく「山形産」のリンゴだった


キョウヨウとキョウイク

昨夜は年一回開かれているOB会があった

45名の内、参加者は17名だった

別の予定があり欠席できないOBもいたが、欠席理由が「体調不良」という方が目立った

今年入会した新人?が3名いたが、一人は生憎旅行中で欠席、参加者中の最年長の先輩が乾杯の音頭をとった

74歳になられる先輩が、乾杯の前に言われた挨拶の言葉に「あぁ、そうか!」と思ったので紹介する

その先輩は、海が時化ていない限り釣りに行くそうだ

釣行と寄る年波?のために朝4時頃には目が覚める

そしてラジオを聞くのが習慣になっているという

その放送の中の言葉を引用された

その言葉とは、年をとったら「キョウヨウ」と「キョウイク」が必要だ

「キョウヨウ」とは「今日、用」でその日に「用事」を作ること

「キョウイク」とは「今日、行く」のことで、「出かける」こと

用事を捌く為でもよし、人に会うもよし・・・「用事を作り出かける」

毎日、その二つを心掛けて実行すると、ボケ防止にもなるというような内容のお話だった



6時30分に始まった宴は、一年後の再会を期し9時に閉会した


ビール・焼酎・日本酒・ウィスキーの飲み放題で会費6,000円
OB会1 (640x480)


あとから茶碗蒸しとカニがきました
OB会2 (640x477)


席は順不同、早く来た人から着席 宴も盛り上がってきました
OB会3 (640x480)


見事なハーモニー、曲は「星影のワルツ!」みなさん、やはり「お年」です ^^;
女性コーラス (640x474)


久しぶり会った人は電話番号の交換です
電話番号 (640x460)


先にも触れたが、45名中17名の参加者だった

今国会の法案成立率は34%、OB会の出席率は37%強・・・・

みなさん、一年後に健康でお会いしましょう (*^_^*)

てーぶるくろす

相方が居間の座卓の上を占領してミシンで作っていた物が出来上がった

ミシンといっても電動で足踏みではない(アハッ、アタリマエダのクラッカー! → 真冬にごめんなさい)


ミシンを動かすまでの何日間は、PCの前に座って何やらぶつぶつ言っている

そしてさらに数日が経つと玄関のチャイムが鳴り「宅急便で~す」・・・

今回、届いたのは布きれみたいだ

そこでミシンの登場となった


相方がPCの前に座って数日、独りごとを言っているのは「値段」の行方らしい?・・・

相方は、普段使いの食器類や小物類などなど、ネットを利用して購入している

「なんでも鑑定団」に出せるような高級品や骨董品ではない、あくまで日用品!

相方がチェックしているのは、手頃な値段と送料無料、もちろん気に入らないとダメ

そのもろもろをチェックした上で、どこのお店と「手を打つか!」が勝負らしい

「ヨッシャ!」と相方なりの「手ごろな値段」の物を見つけた時に「売り切れ!」の表示・・・

それで「あーッ、あんときにしときゃヨカッタ!」とか「う~~ん、もう少し安いものはないかなぁ」

と、ひとりごちているのだ



作業中
クロス2-1



上の写真と色彩が違いますが、同じ布です ^^;  このタイプが4枚完成
2クロス (640x480)


こちらは横長タイプ 手がこんでいます
3クロス(640x479)


相方の友が来て「てぃーたいむ」
おやつ1 (640x480)


甘いもの苦手のアタシにはカンコロの団子・・・
おやつ2 (640x478)


そして晩酌たいむとなります
晩酌の友 (640x465)

タケハチキジュウ

なんだかんだと忙しさにかまけて、(単なるサボリグセ!)

家庭菜園は相方マカセでほったらかしにしていた

相方は野菜作りに欲が(?)出たのか、太陽の遊び場に敷いていた砂利を少しずつ片付けて

果樹を植え、土を耕して野菜の苗を植えている



その増設した場所に、相方が植えたブロッコリーの苗が大きくなり支柱が必要になってきた

また、すぐ横に種を蒔いていたエンドウ豆のツルも伸びてきている

しかし支柱にする竹がない

やはりここは男手の出番と、近くの竹林で支柱になりそうな竹を切ってきた

                タケハチキジュウ

                  という造園用語?がある


                漢字は「竹八木十」と書く

人の名前にもありそうだが人名ではない、今回は「造園用語」なのだ

用材として使う竹や木を伐採する時期をいうそうだ

竹八は旧暦の8月になったら竹を伐ってもよい(虫が入らない・腐れにくい)

目安は「厳原まつり」が旧の8月15日だから、その日を過ぎればよいという

木十は、やはり旧暦の10月になれば、杉や檜など伐って乾燥させればよいそうだ

その竹八木十を承知しているのに、トマトやナスの苗を購入した後に、支柱になる竹を伐る

・・・だから、次の年には殆どの竹が使えないという悪循環を繰り返していた

今回でその悪循環を断ち切り、環境に優しい配慮をしながら家庭菜園に励もう!


お世話になった竹林
1竹山 (640x480)


長い竹は来春のトマト用の支柱  枯れた竹はエンドウの支柱用
2竹杭 (640x457)


五本百姓なのに何故か6本の苗が植えてあった (^_-)-☆
3ブロ1 (479x640)


支柱を立て補強した  後はヒヨドリ対策! 太陽の「運動場」の名残りの砂利がまだある
4ブロ2 (640x466)


本菜園の野菜たち  雑草も野菜に負けず元気だ
5畑の野菜 (640x479)


大根も食べられる太さになった 左は「青森ニンニク」 こちらの収穫は来年の梅雨前ぐらいか・・・
6ニンニク (640x480)



実弾射撃場

対馬で唯一、狩猟以外に実弾を発射出来る場所が近所にある

地元では「射的場(シャテキバ)」と呼んでいるが正式には「對馬基本射撃場」というらしい

私的には「射的場」の方がいい

「射撃場」といっても、陸上自衛隊の施設だから一般人が誰でもと言うわけではない

海上自衛隊や航空自衛隊そして警察関係もここで実弾の射撃訓練をするという

陸自の訓練がある時は、狭い市街地の道路を隊員たちが乗った大型のトラックやジープ、

その他弾薬を積載した車両や装甲車などの特殊車両が通っていた

その道路の改良工事が一部だが完成した

両側に広い歩道も整備され、車が通るたびに身をすくめたり、離合のためやや広い場所で待機していたが

それも解消された


路線名は厳原~豆酘~美津島線といい主要地方道に格付けされている

厳原の八幡様前が起点に大町通り、久田、豆酘、そして厳原町の西海岸に出て、瀬、久根浜、上槻、

椎根、小茂田、阿連から美津島町の今里、加志、吹崎、箕形、洲藻を通り、終点が鶏知の十八銀行の所で

国道382号線と交わる、延長約77kmの幹線道路で

下対馬をほぼ周回することができる重要な道路だ

阿連と今里の間にはトンネルがあり、阿連の方々は厳原に通勤や用事を捌く時など常にこの道を利用する



射撃場の話だった

すぐ話がそれてしまうのは悪い癖だ

国道に次ぐ主要な道路が一部だが、しかも狭い市街地の道が改良されたという喜ばしいことなのだ

陸自の射撃場があるので予算がついた・・・と言うのは考えすぎだろう

對馬 対馬やまねこ部隊の動画
http://tweetbuzz.jp/entry/47085491/www.youtube.com/watch?v=MO1Vz0rxdO8&feature=share


改良前 左側に拡幅するため家々は立ち退くか後方に建てかえた
改良前


夏に始まった工事は10月の終わりに完成した
改良後 (640x480)


對馬基本射撃場標識
射撃場1 (640x468)


的  6人が同時に訓練することが出来るみたい
射撃場2 (640x470)


土嚢で砂が落ちない様にしてあった 砂をほじくったが弾は見事に回収されている
射撃場2-2 (640x459)


射撃をする盛土の上から的を見る 目測150m? ゴルゴ13だったらまだいける!
射撃場3 (640x480)


射撃場入口の交差点  野菜などの百円市 なんとのどかな風景だろう
入口 (640x480)


実弾射撃の訓練があっているときは「立ち入り禁止」 右端のブロック塀は民家
注意を促す「赤い旗」が立ててある もちろん、道路の要所、要所には歩哨が立っている
射的場3(640x474)



対馬の道路に関する面白い記事があった

なんとこの道路の一部(厳原~豆酘)は、大正9年12月25日に「国道特11号」に制定されていた

http://japan.road.jp/Data/TR-11.htm

上の道路が対馬で4番目の指定だという 他は上県町に1本と美津島町に2本あった

        いつかまた紹介してみよう

紅葉頼み ^^;

無い時の紅葉ダノミ・・・

野鳥の撮影に出かけるも対州名物のトンビにカラスしか見当たらない

仕方がないので、岩山と紅葉でもと

道路わきに車を止め、山の風景を撮っていたら鳥友がやってきた

鋭い観察力を持つその友でさえ鳥がいないという

白嶽がきれいだったという友の、昨日のブログは「白嶽」の麓の紅葉だった

今年は12月になっても紅葉が見られる

やはり異常気象なんだろう

加志にある「千年もみぢ」の葉は落ちてしまっていたが、横にある「若いもみぢ」はまだ紅葉していた

樹木でも老いると葉のもちが悪くなるのだろうか ^^;


橋を渡って右折して狭い道を行くと城山(金田城跡)に行くことが出来る
1CIMG3585 (640x477)


やはり12月・・・紅葉の写真を撮るのには遅かった
2CIMG3594 (640x480)


ケヤキ、コナラ、アベマキなどの落葉樹の紅葉 葉が落ちてしまうと山肌が見える
3CIMG3600 (640x480)


一番左端のポコッと突き出た所が城山の頂上
4CIMG3612 (640x480)


          城山には長いこと登っていない




放射冷却

今朝もいつもの時間に目が覚めた

この冬一番の冷え込みなのだろう

外に出て冷たい空気を肺に送り込む

冷気が頬に痛い

そうだ!こんな朝は放射冷却が見れるかも知れない

早速、コンデジ片手に近くの海へ車を走らせたが、まだ冷え込みが足りないのか

それとも時間帯が合わなかったのか?

例年みたいな幻想的なシーンを見ることが出来なかった

まぁ今季、私にとっては初の放射冷却現象ということで数枚の写真を撮った

放射冷却については下記のアドレスを・・・

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E5%86%B7%E5%8D%B4


今朝の朝日
日の出 (640x480)


カラーでは分かりにくかったので、ズームで撮影しモノクロに加工
日の出2 (640x480)


最初の場所から引き返し、日陰の場所へ移動した
放射冷却1 (640x480)


上の風景を少し引いてみた
放射冷却2 (640x472)


岬の突端側の風景
放射冷却3 (640x480)


陽が当たっている側の現象
放射冷却4 (640x480)


紅葉が朝日に映えてきれいだった
放射冷却5 (640x480)


     もう少し冷え込んで来たら、幻想的な放射冷却現象を見ることが出来る

              帰宅して相方に言われた一言

            「写真を撮るなら、追っかけないで待たないと!」

              ハイ、まったくそのとおりでした (^.^)

街道をゆく 壱岐・対馬の道

最近は時間が余りあるほどあるので、前に読んだ本を読み返している

読んだ時の年齢や環境が多少なりとも違うので、読後感もまた違う、ような気がする

以前、読破した本類は倉庫の中に整理した?ままで、読みたい本を探しても「整理」されていないので、

読みたい時に読めないのが実情だ

たまに倉庫の中で探しあてた本はかび臭く、読んでいるうちに目がショボショボしてくる

・・・が、年金生活の身であるので、新たに買い求めることは許されないことである

本を読み進める途中、途中で、ショボつく目を洗いながらページをめくることになる

先日、改めて司馬遼太郎の街道をゆく2「韓のくに紀行」を、カビ臭いまま、目をショボつかせながら読んだ

当然ながら、「んッ?対馬に関する記述が・・・」と、受け取り方が違う

どうゆうふうに違うか?と言われても困るが、確かに違うのだ

何故そう感じたのか?確かめるために、

倉庫に行き「街道をゆく 壱岐・対馬の道」の文庫本を探すが、元来ズボラな性格なため、整理していた?場所が

分からず、すぐに探し出すことが出来ない

公民館の「図書室(図書館ではない!)」に行けばあるだろうと安易な気持ちで出かけた

そこには旧知の館長さんがいた

「すいません、図書室、いいですか?」  「ハイ、どうぞ!」

合併前の図書室とは中味が様変わりしていて、目ぼしい書籍がないし冊数も少ない(整理中なのか?)

合併前にはあった司馬遼太郎の「坂の上の雲」や「竜馬がゆく」などの代表作でさえ本棚に並んでいない

読みたい本があったとしても、また借りたい郷土関係の書籍のほとんどには、

本の背表紙の下側に「館内」のシールが貼ってあった


事務室に引き返して尋ねた

「あの館内シールの本は、ここで読むってこと?」

「ハイ、そうです!」と明快な答えが返ってきた

「禁帯出」は辞典類とか旧町の「郷土誌」や「町村誌」など、ま、貴重と思われる書籍類には

以前から貼ってあった

そのことは理解できる・・・が、例えば「宮本常一の文庫本」やその他の「文庫本」を含めた

「単行本や雑誌?(ちょっと言い過ぎか!)」類までが「館内」シールが貼ってあり、

借り出すことは不可能だった

6町が合併して、島びとの心がすさんだのか、返却されない書籍が多いから、止む得ない処置なのか!

借りるべく本がないので公民館を辞して近所の本屋さんへ行く

書店の書棚には「目的の本」があることは前もって承知していたし、本を求めるための準備もしていた

売れずにまだその文庫本は私を待っていた

その文庫本を手に取り、相方に貰った「500円分」のサービス券を会計に差し出した

本体価格580円+税の文庫本は109円の手出しで私の物となった

軽い昼食の後、一気に読んでしまった

ずーーっと前に読んだ時の、司馬遼太郎に対する(というか、彼の対馬感?)誤解が氷解した

厳原港に着いてタクシーに乗りこみホテルまでの道中、作家等が感じ、表現した(文章にした)その一部を読んだ

だけで、この偉大な作家に「反感みたいなモノ」を持っていたのだ

その問題のタクシー運転手の態度に対し、「漁労民族」「農耕民族」との「気質の違い」というふうに「理解」を示し、対馬の初印象を悪いようにしないと書いている

一夜明けて司馬遼太郎、金達寿氏、李進熙氏等の一流の文化人たちと地元の永留久恵氏が同行し、

厳原から佐須奈までの旅を書いた作品



この「街道をゆく 壱岐・対馬の道」をページ順に、または順不同で写真を交えながら紹介したい


先に読んだ韓のくに紀行
韓のくに紀行035 (640x438)


壱岐・対馬の道
壱岐・対馬の道036 (640x442)


まずは夜八時の厳原港の様子から・・・

あ、今はこの時間帯に入港するフェリーはいない・・・

写真取材と並行しながらの更新となります  ^^;


三太と太陽の思い出(1)

旅犬だいすけ君、急死「ポチたま」旅先で発病

BSジャパン「だいすけ君が行く!!ポチたま新ペットの旅」で活躍していたラブラドール・レトリバーのだいすけ君(オス6歳)が29日に急死したと30日、テレビ東京が発表した。旅先の宿で「胃捻転」になり緊急手術、安静にしていたが容態が急変し、息をひきとったという。

 だいすけ君は初代“旅犬”まさお君の息子で、06年10月から2代目として活躍。共演のタレント、松本秀樹(37)とともに全国を旅してきた。松本は「君の魅力は世界中の誰より僕が知ってるよ。久しぶりに(パパと)2人で遊びな」とコメントを寄せた。

以上、Yahooニュースから


このニュースを聞いて、我が家にいた「三太と太陽」のことを思い出した

ゴールデンレトリバーの父の三太と息子の太陽がいた

2007年の10月、自宅のリフォームが始まり彼らと離れて暮らすことになった

私たちは相方の実家へ泊り、昼は大工さんの手伝いという生活が半年間つづいた

前庭に臨時の広場兼ハウスを作ってやったが、朝から夕方まで工事の騒音が響く環境にまず、三太

が病気になった

動物病院に連れて行くと「神経性の胃潰瘍」と診断され薬を処方していただいた

暫く様子をみようということだったが、回復しているようにはみえない

日に日に衰弱していく

年も明けた2008年の一月のある寒い夜、気になって自宅まで彼の様子を見に行った

なんとも表現しがたい奇妙な呻き声をあげながら体は時々痙攣をおこしていた

すぐ相方や近所に住む弟に連絡を取り病院へ運んだ

病気になって少しは痩せたといっても20kgは優に超えているので、三人がかりで毛布にくるみ車に乗せた

時間は夜の11時を過ぎていたが、前もって連絡していたので獣医さんは到着を待っていた

診察の結果、脱水症状を起こしているので今から点滴をするとのこと

点滴が終わり自宅へ・・・改装中なので私と三太が寝る場所を確保しなければならなかった

玄関の柱にブルーシートを巻き付け、寒風を避けようとしたが完全ではない

防寒着を着込むことで少しは寒気を凌げた

薄明かりの中、三太が頭を持ち上げ私がいることを確認すると寝息をたてる

その繰り返しが何度か続いたが、いつの間にか私も眠っていた

朝、目を覚ますと三太が起き上がっている

「三太、サンポに行くか!」と、声をかけると目が一瞬輝いたように見えた

近所の小道を歩くその足取りはまるで「スキップ」をしているような感じだ

そしていつもより「アイコンタクト」をする回数が多い

その姿を見て涙が止まらなかった

昨夜、点滴中に何度も痙攣をおこす三太を見ておれなかった

そして・・・、獣医さんに言ってはならない言葉を発していたのだ・・・

しかし、わずか10分足らずの散歩が終わった後、また痙攣が始まった

その日から2週間、毎日点滴を続けたが治療のかいもなく、1月23日午後1時3分、

二人が揃うのを待っていたかのように静かに息を引き取った

病名は脱水症状から引き起こした「腎臓炎」だった

享年7歳9か月、大型犬の寿命が12年くらいだから、少し早い旅立ちだった


父親の三太  賢いやつだった
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息子の太陽 やんちゃ坊主だった
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いつもヒッツキモッツキ 離れたことがなかった そしていつも歩きながらでもアイコンタクトを忘れない
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ありし日の三太と太陽 ダムの周回道路がお気に入りのコース
リードを持つ人の歩く速さに合わせてくれた 子どもにリードを持たせても安心できた 左側が三太
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カメラを向けるとポーズをとっていた  右側が三太
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         だいすけクン、もし三太と太陽にあったら伝えておくれ

          とうちゃんもかあちゃんも元気だよ~・・・と

友からのメール

一昨日、ソウルの友からメールが届いた

彼は「芳洲外交交流会」の韓国側の会長をしている

彼はソウルの特許事務所に勤務していて、私とは1996年からの付き合いになる

メールの内容は、11月5日の土曜日、厳原で10回目の交流会を開催した翌日、
対馬から帰国する船の中で来年の「会」について話し合い、釜山で開催することが決まっていた

それで、その日程が決定したというので連絡してくれたのだ

実は今年の総会で、毎年開催は今回で終わりにし、今後は随時開催(会員がその地を訪問した時など)をすることが決まっていた

その総会の席上、彼が「会長あいさつ」の中で述べた言葉の中に次の一言があったことを思い出した

「・・・交流会を10年続けてきた その10年と言う歳月は重い・・・これからも一年一年と積み重ねて・・・」

雨森芳洲の「誠心交隣」を主題に「芳洲外交塾」が95年に始まり、中休みがあって再開されたが04年を最後に中止になった

そしてこの交流会は、02年に韓国の釜山で1回目の同窓会を開催して今回の対馬で10回目だった

そうだよね、新たな一回目をまた始めればよい

そういえば韓国のことわざに「始めれば半分」という言葉があった

始めなければ始まらん!

いろんな「国際交流」のあり様があろうが、アタシたちゃなんも国と国を背負って付き合っているわけではない

我々は、友が友としてこれからも付き合っていくだけだ


以下は、ソウルの友からのメール


こんにちは、
○ 元会長。(注:アタシです)
○ 会長。(注:現在の会長)
2012年第11回のホシュウ外交交流会の韓国集まりに対してご案内いたします。

韓国側では、本会を良く活かす為に11月5日対馬会から帰国する時
船の上で来年の(2012年)のことに対して話し合いました。

それで、ブサン(許さんのグルプ)で来年の会議を主に担当することになりました。
その結果が出て以下の通りご報告いたします。

      =======記======
1. 会議日付 : 2012年11月3日(土曜日)
2. 時  間 : 15:00~21:00
3.場  所 :韓国ブサン汎魚寺近くの野外食堂
4.参加費 : 日本会員5,000円
参加者受付期限は2012年9月30日まで。
詳しい会議のプログラムなど場所の位置は2012年3月末までご報告書を送りいたします。

すみません、ちょっと速すぎるかも知りませんが、最近はあっという間に時間が流れますので
これから用意いたします。

韓国のソウルでLEE Ho Kangより




2004年ソウルのパレスホテル 同窓会場入口の出迎えのアガッシ(お嬢さん) 横の二人は会員
1出迎え (800x524)


同窓会会場
2会場 (800x534)


飲み会が始まる前に「ハイ・キムチ」と記念撮影
3記念写真 (800x533)


開会あいさつ
4挨拶 (800x522)


余興では伝統的なパンソリが披露された
5余興1 (800x534)


こちらはサムルノリ
6余興2 (800x535)


2006年のプサン会場の記念写真
記念撮影busan 018 (800x594)


           2012年11月3日(土)  韓国プサンで会いましょう!!



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テマドハルベ

Author:テマドハルベ
団塊世代、もうすぐ後期高齢者。
花鳥風月、なんでもありのブログです。

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