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たうとうたわん

          「たうとうたわん」といきなり続けて書いても、何のことやら?

          「たう」と「とう」そして「たわん」とに分けて書いたらどうだろう?

              それでも難解な文字の羅列か?


   「たう」→ (川や海で)「背(足)ん、たうや、たわんや?」 現在形 「足が届くか?届かないか?」
        
   「とう」→ (同じく川や海で)「とうた」 過去形 「足が届いた」

   「たわん」→ 届かないの意味

   ネットで「たう」を検索してみたら山口や広島・岡山でも使われていて

        その地方の方言に挙げられていた


           対馬でも普通に使う

              と思って

     「新対馬島誌」の「対馬の方言」を見たが、そこには収録されていなかった

           おそらく収録漏れだろう


     「対馬の方言」で検索すると「たう」 (手が)届く と、あるHPにあったので安心した


峰町大久保の紅葉
1大久保 (480x640)


峰町大久保の紅葉
2大久保 (640x480)


蜂洞も見事な紅葉に見とれていた
蜂洞 (640x478)


           「たうとうたわん」

                  の

           写真を探したが見つけることが出来なかった ^^;


              
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11月29日

以前は(いつごろまでの以前かは?)、対馬の農家には必ずといってもいいくらい牛馬がいた
馬がいない農家でも牛を飼っていた、と思う

牛は主に農耕用に使われていた
畑や田圃を耕やしたり、子牛を産ませ一年ほど育て、その子牛をバクロウが買い付けに来る
農家にとって貴重な収入源の一つだった

しかし、昭和40年代以降の農業機械の普及等によって役畜としての役割が低下し、飼育農家、
飼育頭数とも減少してきた

我が家でも祖父が亡くなるまで、馬と牛が一頭ずつ小屋の中に同居していた
16歳の時、腰椎に骨を移植する大手術を受けた時、その費用は祖父が子牛を売って得たお金だった
また、初めて私が軽自動車を買った時、その頭金も子牛が犠牲になってくれた
他にもまだあるが書くのをやめておく

生前、祖父がよく言った言葉の一つに
「○○よ、お前は子牛を何頭食うたかのう・・・・」

対馬のあか牛       美津島町加志地区
1赤牛 (640x426)


話しが長くなるが、もう一つ・・・
唯一、対馬にあった「家畜市場」が今年7月の市を最後に休止されたという
この市場で成牛や子牛の売買(市)が年3回行われていたが、時代の流れなのか残念だ

対馬は昭和40年代の初めに「と殺場」も姿を消していた
ということは、いくら頑張って特等の肉牛を育てても「対馬あか牛ブランド」の牛肉は販売されない

対馬で育ったウシが、松阪牛!か、なんか知らないが「有名ブランド」の牛肉になって店頭に並ぶ

そして・・・・、飼育農家数も年々減少していった
平成16年4月1日現在の飼養戸数(専門用語らしい)は109戸、562頭だったのが今では、
飼養戸数63戸、頭数は446頭(平成23年4月1日現在、市農林課)だそうだ

対馬のウシといえば「褐毛和種(あか牛)」のことだったが、近年は黒毛牛も飼育されるようになった
あか牛365頭に対し、黒毛が81頭(本年4月1日現在)いる

対馬農協は「あか牛」の飼養を奨励しているので「黒毛牛」は「対馬の市」では取り扱っては
くれない
飼養農家は高く売れる「黒毛牛」を飼いたがり、売買は市が開かれる壱岐の島まで運搬しなきゃならないという

市場が休止された7月以降、あか牛は阿蘇の市場へ、黒毛は今までと同じ壱岐の市場へ出荷?
運搬費用は10t車に20頭積み込んで約17万円かかるラシイ
その内、市が半分の補助を出すというが、20頭に満たない時の農家の負担は大きくなる

「と殺場」の廃止に続き今度は「家畜市場」の閉鎖だ
閉鎖だけど言葉は休止
細かい理由はいろいろあるだろうが、生産者の立場に立って何とかしようよ「ノーキョー様よ!」


家畜市場の全景
4家畜市場(640x477)



「黒毛牛」を見て、昭和44年9月、松浦市の山中での出来事を思い出した
道路のバイパスの測量実習中に後輩が息を切らせて走ってきた
「バケモンがいた!」 (@_@;)  (@_@;)
測量をしていた連中は皆、仕事をほっぽり出して彼が走ってきた方向へと急ぐ
そこで見たバケモンとは、対馬出身の後輩がみたものはナント「黒毛牛」のことだった
島で生まれ育った彼は、牛といえば「あか牛」しか見たことがなかったのだ


バケモンに間違えられた黒毛牛       美津島町加志地区
2黒牛(640x427)


人様のオモワクはいろいろあるが、放牧場では仲良くマッタリしていた
10年位前かな? この場所にはツシマジカが放牧されていた      美津島町加志地区      
3赤黒混合 (640x426)

ところで今日は11月29日、「イイニクノヒ」だそうだ
日本語の語呂合わせで「イイフウフノヒ」とか、いろいろあるみたいだ
外国にも語呂合わせの「何々の日」というのがあるのだろうか?


イイニクノヒに合わせて今夜は焼肉だった! カブの酢の物とカクトゥギ(我が家特性)
焼肉1 (640x479)


栄養のバランスを考えてシイタケや野菜も一緒に・・・
焼肉2 (640x480)


後は焼いて食べて、飲んで・・・
焼肉3 (442x640)



「イイニクノヒ」からハナシがいろんな方向に飛んでしまい長くなってしまった

しかも今夜は、イイニクを食べ、飲んだ後のアップになってしまった
誤字脱字・・・支離滅裂・・・意味不明・・・


最後までお付き合いいただい皆様に感謝しつつ、また、美味しい和牛をいただきます (*^_^*)


冬の使者Ⅱ

対馬で越冬する野鳥の代表のひとつにジョウビタキがいる

先日はミヤマガラスの群れをお見せして「ヒンシュク」をかったので、今回は可愛くいこう


            ジョウビタキ ♂  通称ジョビ男  デジ一眼 400mm
ジョウビタキ1 (640x437)


            ジョウビタキ ♂  デジスコ  白い帽子が可愛い
ジョウビタキ2 (640x479)


            ジョウビタキ ♂  デジスコ  羽毛の一本一本が見えます
ジョウビタキ3 (640x480)


            デジスコをしている様子  朝から変なおじさん登場 スンマセン m(__)m
デジスコ姿 (640x472)


            お口直しに  ジョウビタキ ♀ デジスコ 通称ジョビ子
ジョウビタキ4 (640x464)                               ヒタキ類はマンマルオメメが特に可愛い


デジ一眼は「飛びもの」を撮ったり野鳥を見つけるとすぐに撮影できるメリットがある
                  
                  が

いわゆる「大砲」、500mm、 600mm、 800mmの単焦点レンズを揃えるとかなり高額になる

                  が 

デジスコは機動力はないが、廉価で「ドアップ」の撮影を楽しむことが出来るので
デジ一眼(400mmズームと500mmズーム、主に400mm)とデジスコを併用している

まずデジ一眼で「証拠写真」を撮った後、デジスコで構図を考えながら(アタシの場合はド・アッ・プ)
撮影するが、なんせ相手は野鳥・・・「ジッとしていて!」といっても通じません ^^;

          デジスコは機動力に劣るが、3000mmとか4000mmの世界を撮ることができる

          対馬は野鳥の宝庫、これからも「ヘタノヨコズキ」でガンバロウ!! 

豆酘埼灯台

今日の読売新聞、長崎版に次の記事が載っていた


新聞記事
1豆酘埼灯台記事034 (593x640)


内山盆地まつりに行った時、地鳥のイリヤキを食べるために並んで待つ辛抱が出来なくて豆酘に足を延ばした

豆酘をあちこち彷徨した後、豆酘崎へ行った
この岬の先端に立つと、「地球は丸い」と実感する

またここからは「対馬海峡」、「朝鮮海峡」そして「東シナ海」を望むことが出来るそうだが
海の上に「線引き」されているわけではないので、自分で「どこからどこまで」と悩みながら想像するしかない

生憎、午前中は逆光線だったが、その時の画像が次の写真

先端にあるミョー瀬照射灯と手前に写っている標識の間は、元々岩礁で繋がっていた
その岩礁を浚渫して漁船が通れるようになり便利になっている
2灯標2(640x427)


逆光線のため黒く写っているが、記事にあるように「クロク」汚れているそうだ
一世紀以上も風雨や波に晒されても耐えている?けなげな姿に感動!
3灯標3(640x427)


別の場所から豆酘崎を見る
4シルエット (640x426)


豆酘埼灯台 こちらは建設から24年、まだ若い!
5遠景 (640x480)


少しズームをしてみる
6遠景 (640x414)


この日、初めて灯台がある場所まで登ってみた 所々にサビが浮いていた
7近景 (480x640)


説明板があれば、下手な文が省略できますね
8説明板 (640x478)


「対馬海上保安部」の公式ホームページには対馬にある全ての「灯台等」があります
9灯台位置図
                          出所・・・対馬海上保安部ホームページ


        この位置図を基に「灯台めぐり」をしてみます



冬の使者

対馬は渡り鳥たちの中継地だが、越冬するために対馬に渡ってくる鳥たちがいる
猛禽類のオジロワシやオオワシは北海道の知床半島に行く必要はない
もう暫くしたら上県町や上対馬町で勇壮な姿を見ることができる

小鳥の代表はジョウビタキかな?
その愛らしいマンマルオメメを見ると心が和む

しかし、ミヤマガラスの群れには圧倒されてしまう
100~300、多い群れは500羽を超える真っ黒い集団が、収穫が終わった田圃に舞い降り、餌をついばむ姿を初めて見た人はびっくりする

そのミヤマガラスの群れに一回り小さなコクマルガラスが交じっていて、ごく稀だが淡色型のコクマルガラスがいることがある
通称、パンダ型と呼んでいるが首?から胸、腹にかけて白い姿はパンダガラスの愛称で親しまれている


朝鮮海峡を渡ってきたカラスの群れ  上県町佐護湊の上空
1ワタリガラス (640x378)


少しズームをしてみた
2ワタリガラス (640x383)


収穫が終わった田圃で餌をついばむ群れ  上県町瀬田地区
3ワタリガラス (640x361)


パンダ型を探したが、普通のコクマルガラスはいたがパンダちゃんはいなかった
4ワタリガラス (640x340)


2枚目と3枚目の写真は対馬の平地部では普通に見ることができるが、海峡を渡ってくる光景はなかなか
見ることはできない 

        たまたま見ることが出来て嬉しかった (*^_^*)



舟志の紅葉

CIMG3249 (800x588)
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おめめがウサギさんになりました  ^^;

酒飲みというよりも食事?

昨夜の飲み会は、60代~70代のメンバーということで先日みたいな大酒飲み会にはならなかった

          こういう静かな?飲み会もたまには良いものだ

いつものように朝から仕込みと買い出し・・・・そして料理づくり
夕方、皆さんが集まる前にテーブルに並べていく


ムカゴとソラマメのかき揚げ
1ムカゴ (640x480)


カリフラワーの胡麻和え
2カリフラワー (640x466)


インゲンの胡麻和えとカブのソボロあんかけ
3カブ (640x480)


イシダイ、サンマ、ヤズの刺身とインゲンのテンプラ
4サシミ (640x465)


料理が並べられていく・・・
5料理 (640x376)


酒器類も準備ができた 来客を待つばかり・・・
6全体 (479x640)


テーブル下のヤマネコ?の影絵!    
7ヤマネコ (640x480)


        クロの煮つけ、ちらし寿司そして茶碗蒸しと料理が出来上がっていく

        飲みたい気持ちが先走って、料理の写真が上手に撮れない ^^;

        そしてお開きの時間は11時・・・・みなさん、お疲れでした



宇宙から見た対馬

このブログは「国境の島 対馬」から、対馬のあれこれを拙い文と写真で紹介している

11月20日付け、読売新聞の「読者の写真ニュース 10月入選作品」に対馬の方が2席と3席に入選された記事と
写真が載っていた
どちらの写真も対馬ならではの、対馬の特異性が出た写真かなと思った

「対馬島は、日本で3番目に大きく、佐渡854㎢、奄美大島712㎢に次いで696㎢(属島を含めると708㎢)を有する。(沖縄、北方領土を除く)」・・・「つしま百科」 平成17年3月発行 より転載

その特異な位置関係から大陸性の動植物が見られ、歴史や文化、また渡鳥や旅鳥たちの中継地でもある

まず、対馬の位置を地図で見てみよう
九州本土よりも朝鮮半島に近いことが分かる  平成17年3月発行 「つしま百科」より転載

1宇宙からの対馬3028 (466x640)

宇宙から見た長崎県(対馬)   平成17年3月発行 「つしま百科」より転載
対馬、壱岐、五島列島そして九州本土  
2宇宙からの対馬2027 (451x640)


宇宙から見た対馬  右下に小さく見えるのは壱岐島 左上が韓国の釜山 平成17年3月発行 「つしま百科」より転載

3宇宙からの対馬1026 (446x640)


先日、知人を案内した時に上県町棹崎の灯台横から撮影(200mm) 対岸は韓国の釜山
4釜山 (640x419)


南端の豆酘崎から撮影(400mm)  九州本土の唐津方面
5九州(多分、唐津) (640x417)


読売新聞より転載
7写真ニュース1029 (640x379)


読売新聞より転載
8写真ニュース2030 (640x528)


読売新聞より転載
9写真ニュース3031 (640x351)


   外国で催されている「花火大会」を国内から見ることが出来る!!

        「宇宙から見た対馬」いかがでしたか?
    
    なお、色が薄く写っている所は平野部、緑は山地部  対馬は山地ばっかしですね


紅葉

ここ数日、気温が下がり木々の紅葉が少し進んできたようだ
対馬の山々は杉や桧の人工林が多く、植林されていない山は椎や樫の木などの常緑樹が多い

落葉広葉樹の多くはクヌギやコナラなどどんぐりの実をつける木やケヤキなどで、黄色く色づくよりも
茶褐色?系で早々と枯れて落葉する

紅く色づくのは主にハゼやモミジなどだが数が少なく、黄色い葉っぱは大概がヤマイモだ


庭木として植えてあるモミジ この日は生憎の曇り空だった
1かぎや (470x640)


まだ初々しい?ハゼの紅葉
2ハゼ (640x471)


少し紅葉が進んだハゼ
3はぜ (640x413)


モミジ1
4もみぢ (640x426)


モミジ2
5もみぢ (640x427)


モミジ3
6もみぢ (640x427)


ガマズミ
7がまずみ (640x468)


鮎戻し  色づく木々があればなあ
8鮎戻し (640x466)


石屋根 ツタの紅葉
9石屋根 (640x394)


対馬では周りの風景を取り入れた絵が撮れる場所がないが、それなりに紅葉を楽しむことができる

内山盆地まつり

今日は内山地区の「盆地まつり」ということで朝から出かけた
10時過ぎに現地に到着した
県道に両側駐車、ボランティアスタッフのお兄さんたちが誘導しているが皆さん勝手に駐車・・・


やっと一台が通れる状態
1車 (640x480)


地鶏のイリヤキを買う人たちの行列
2行列 (640x480)


辛抱して順番を待った人たちだけが味あうことができます
3食事 (640x480)


もちつき体験コーナー  若いお兄ちゃん、腰が入ってません
4もちつき (640x480)


つしまやまねこの椿ちゃんも上県町から応援に来ていました
5ヤマネコ (640x480)


竹細工のコーナーでは「竹トンボ」作りがあっていました
6竹細工 (640x480)


今年で11回目だそうだが、開会のあいさつでは「今年で終わります」と言っていたそうな
市役所の職員たちも何人かスタッフジャンパーを着て手伝っていたようだが
やはり集落だけの行事の継続は難しいのだろう
舟志の「紅葉まつり」も今年は中止したという
地元に若者がいない「限界集落」、「買い物難民」・・・他所事と思っていたが対馬も例外ではなくなった

夕鶴

先日、小茂田浜神社のお祭りに行った時、同級生に出会った
彼は市民劇団に入っている
今月の初めにミュージカル「対馬物語」で対馬藩の家老柳川調信役を体当たりで演じ、好評を博した

その彼から「市民劇団に入らないか?」というありがたい?お誘いを受けたが丁寧にお断りした
その時、二人の共通の知人がいて、その彼に「○○は高校の時、文化祭で劇をしたちゃ!」
その彼・・・「えっ?!」
私・・・「ず~~と昔、夕鶴の与ひょう役をしたとよ・・・」

当時は「武道」の科目が必須で、週一で授業があっていた
高一の二学期の終り、その武道の時間での出来事である
五人抜きの5人目に柔道部の同級生とあたった
私は小・中、そして高校になってからも野球一筋、かなう相手ではない
案の定、「体落とし」で投げられた
第4・第5腰椎分離症で年明けに骨の移植手術を受け3か月に渡る闘病生活を送った

幸い歩けるようになり、二学年の5月の連休明けから復学したが、三か月以上も学校を休むと
学力がついていきません
野球部の監督もしていた担任と相談し一年間休学することにした

そして約一年後の4月に「新2年生」として復学したが野球が出来る身体ではない
野球部の顧問をしていた別の先生の勧めもあり「文芸部」に入った

当時の我が母校は体育祭と文化祭が一年おきに開催され、この年は創立60周年記念文化祭の年でもあった
文化祭の出し物に「夕鶴」が決まった

前語りが長くなってしまった
昭和40年秋、当時18歳の高校2年生が演じた「与ひょう」は大拍手に包まれて幕を下ろしたのであった
(真実は・・・「おつう」役を演じた同学年の女性の熱演によるものだった・・・)


当時のアルバムから スキャナーをした
1夕鶴1021 (574x800)


左上の一番イイ写真が剥がされていて今はない 
2夕鶴2022 (576x800)


涙・なみだのラストシーン  「おつう」が鶴になり空を飛んでいく
3夕鶴3023 (800x631)


演技が終わって記念撮影 子ども役は全て一年生
上から2枚目左側の写真には上級生になった「ゴン」と「ハルオ」が・・・
4夕鶴4024 (774x800)


部員全員、校門前で記念撮影  
一番下の真ん中にも「ゴン」と「ハルオ」が写っている
5夕鶴5025 (587x800)

私が頭につけているカツラは祖父が山から採ってきてくれた「ショロ」の皮で作り、
身に着けている着物類も全て自前で用意した


      みんなどうしているのだろうか・・・・


青海の里

老いてこそ、夫婦の絆

老いては「恐妻弱夫」でうまくいく

夫婦ゲンカは勝ってはいけない

夫婦の真価は老年に輝く!

今朝の新聞に掲載された「三浦朱門」の「老年の流儀」という新刊本の広告でした




映画「男はつらいよ」で松阪慶子がマドンナ役で出演した時に対馬でロケがありました
青海1 (640x480)


海側から見た里
青海2 (640x472)


畑には「ワケギ」がたくさん植えてありました
青海3 (640x479)


民家の石垣
青海4 (640x471)



道路の端にキリボシが無造作に干してありました
キリボシ1 (640x480)

         
  本文と我が家の夫婦の力関係とはなんら関係はありません ^^;



カケヤ(カリヤ)のある風景

稲や蕎麦、大豆など穀物類は収穫すると(刈り取ると)穂や実がついた状態で乾燥させて実だけを保存をする

稲は一握りよりやや大きめの一束を根の部分を半分に分け垂直になるように掛けていく

蕎麦や大豆を干すカケヤは、竹や丸太を斜めに組み合わせて作る

雨が降っても大事な実に水が滞留しないで早く乾燥するよう干し方にも工夫がしてある

この時期、昔に比べるとずいぶん数が減ったが、対馬のあちこちで見られる風景の一つである


蕎麦干し 豊玉町  ブルーシートは一粒の実をも大切に扱う気持ちの表れか!
1CIMG2850 (640x455)


同じ場所を違う角度から撮影
2CIMG2857 (640x456)


豊玉町 こちらの家庭では収穫が少なかったのだろうか・・・
3CIMG2865 (640x480)


9月26日に撮影した蕎麦の花 美津島町
4CIMG2130 (640x480)


この花のひとつ一つが実になる
5soba1 (640x427)


大豆  カケヤを作る人手がないのか、それとも・・・  峰町
大豆 (640x480)


参考に稲の干し方を載せてみた  美津島町
米干し (640x425)


          ご飯粒が茶碗の底や横に残っていると

      「きれいに食べな、目がつぶれるっとよ」
                 

                  と     

   百姓をしていた祖母や祖父がいつも孫たちに言い聞かせていた

秋色なツシマ

11月も半ばというのに気温が下がらず穏やかな日々が続いている
最低気温と最高気温の差が○○度以上ないと紅葉が始まらないそうだ
(○○の中に該当する数字を失念してしまった)

対馬の山は植林された杉と桧、常緑樹の椎などの木々が多いので「紅葉狩り」を楽しむことができない
落葉樹の主なものはドングリ系の楢の木や欅など紅葉しないで(黄色くもならない)茶色から落葉する
紅くなるのはハゼの木やモミジだが数が少ない

対馬でモミジなどの紅葉を見ることが出来る数少ない大久保や舟志のもみぢ街道も紅葉していなかった

以下の写真は昨日の対馬の風景
昨日に行くことが出来なかった大久保や舟志のもみぢ街道、今日行ってみたが写真を撮る気にならなかった


柿の木
1CIMG2746 (480x640)


ハゼの木
2CIMG2765 (480x640)


楢系の茶葉
3CIMG2818 (640x475)


カマツカの実  写真で表現することができなかった・・・残念 ^^;
4CIMG2841 (480x640)


たぶんここも期待できないだろう・・・と、思う
5CIMG2871 (640x474)


最後に「一番ステキだったコガネイロ」をお届けします
イガキキリボシ1 (640x474)


明日はこの冬一番の冷え込みらしい
急に冷え込み強風が吹くとハッパは枯れて落ちるみたい・・・

今年は「紅葉」を見たり撮影したりできるのか、心配になってきた

唐臼

以前、友人から「唐臼を探せ!」と宿題が出ていた
私が住んでいる地区には全くなかった

今日の午後、国道382号線の豊玉町の田という集落を走行していると知人が農作業をしているのが目に留まった
車を市道に乗り入れ挨拶もそこそこに唐臼はないか尋ねると「あるよ!」という返事
唐臼は小屋の端にあった
聞くとその唐臼はまだ現役だそうだ
「センダンゴ」を作る工程でサツマイモを砕くとき、また蕎麦粉のアラ?粉を作るときに使うそうだ

ちょうどご夫婦でセンダンゴの原料のサツマイモを洗い薄くスライスをしていたので断って写真を撮らせていただいた


収穫されたサツマイモ
1コウコイモ (640x480)


量が半端じゃないということで、コンクリートミキサーで洗浄していた
2コウコイモ (640x480)


洗浄したサツマイモをスライスする機械 以前は洗浄も薄切りも手作業だったとか
3コウコイモ (640x468)


サツマイモのツルは乾燥させて牛の補助食料になる
4コウコイモ (640x472)


唐臼を斜め後ろから撮影 餅つきの臼が見えるが餅つきは電動だそうだ
1カラウス(640x480)


真後ろから見た唐臼 横棒に手を乗せて足で踏む
2カラウス (480x640)


頭の部分には重し用の石が紐で固定されている
3カラウス (640x480)


センダンゴはロクベェやコビルマ用のムシダンゴの元で、千の工程(テマヒマ)がかかるといわれくらい
          だからセンダンゴというそうだが真偽のほどは分からない

  今日は念願の宿題が解決した しかも現役の唐臼  ヨカッタ よかった \(^o^)/

酒飲み

昨夜は一足早い忘年会、相方は一昨日から料理の仕込みで忙しそうにしていた
気のおけない仲間が一年のうち春夏秋冬、ゲンカイツツジが咲いた、桜が咲いた、暑い夏が来た、
夏も終わったね~・・・・飲む口実はいくらでも出てくるもんだと感心するぐらい集まって飲む

仲間の年齢幅は30代、40代、50代そして60代で
集まる人数は少ない時で10人くらいが勝手に話をしながら飲む

他に用事があって来れない友人たちがいたので、昨夜は私たちを入れて11人だった
相方の友人、私の友人、共通の友人で女性4人、男どもが7人

一番年長の?私が乾杯の音頭をとる
「12月になるとみなさん、忙しくなるのでちょっと早いけど忘年会・・・乾杯!」
すかさず相方が口を挟む「忙しい人は来んでいいけ、また集合をかけるけね~」
皆、一斉に「は~い、待っとくよ~!!」

夕方の6時半過ぎから始まった飲み会、中締めの時間は11時20分頃だった
この時にはもう相方は9日からのレンチャンのため寝室でタカイビキをかいとりました

見送った後、3人が残ってまた飲み始めたが「寝るよ~」と先に寝たのでいつまで続いたか分からない
朝、起きてみると当然のごとく玄関にカギはかかってはいなかった (^.^)



ただ今準備中 何人になるか分からないのでテーブルをつぎ足す
1食卓 (480x640)


毎回好評の自家製キムチ
2キムチ (640x480)


シラアエにサラダ 揚げ物
3料理 (640x480)


煮物 これも好評
4料理 (640x452)


タイの刺身
5刺身 (640x470)


飲み会の前夜、夜釣りに行って、いつも魚を持ってくる公務員が釣った鯛が三匹
これを私が三枚にオロシました 今回は小さめ(でも30cm超え)であつかい易かった
鯛 (640x378)


前日から準備をしていた南蛮漬け こちらのコアジは近所に住む相方の同級生提供
二人で何やら楽しそうに話しながらアジの頭を切り落としていた
6南蛮漬け (640x451)


このコウコイモもアジと同じお方です
7コウコイモ (640x480)


   そして・・・・ウタゲノアト宴の後 (640x480)

         女性4人の内、ドライバーの二人はノンアルコール
       コアジのお方に相方、そして男ども7人、計9人で飲んだ酒類
  

          今夜の晩酌は でくっとじゃろうか (*^_^*)

だんつき餅

昨日は「小茂田浜神社」のお祭り
母は餅が大好物で朝一番に「今日はコモダマツリやけダンツキ餅を買うてこんね」
息子は黙って従いまする
相方は「忘年会の予行練習」の料理の仕込みのため留守居役でございまする

文永11年(1274)10月、元の軍勢2万、高麗軍1万は佐須浦に上陸した
守護代宗資国(助国)は武者八十余騎を率い戦うも全員討ち死にした
いわゆる「文永の役」、一般的には蒙古襲来とか元寇とかいわれている

守護代宗資国は軍神となり、共に討ち死にした武者たちと合祀されたのが小茂田浜神社で、毎年11月12日に大祭が行われている

この日、小茂田の家庭では「ダンツキ餅」を作り供える
普通、小豆などで作ったアンは餅の中に入れて食べるが、このダンツキ餅は茹でた小豆を塩でまぶして餅の表面にくっつけてある

「あんこ」にする前に元軍が攻め込んできたので、間に合わず餅の表面に小豆をまぶした・・・とか
言われているが詳細は分からない

氏子の皆さんが鎧兜に身を固め小茂田浜に集い、神主が海に向かって鏑矢を放つ「鳴弦の儀」が行われた

そのダンツキ餅の話・・・
神社からは少し離れた臨時の駐車場に車を置き、海沿いの道を歩いていくと「ばあ様」が一人
ダンツキ餅を売ってござる

パックに6個入って500円なり
家によって味が違うだろうと思いワンパックを購入、千円札を出す
くだんの「ばあ様」曰く
「アン様よ、おつりがないちゃねぇ もう一つこうちくれんね!」
「・・・・」買いました

お参りを済ませ参道に並ぶ出店に知った顔のアン様が「ダンツキ餅は?」
「さっき、あそこでこうたヨ」
「あぁ、あのババさまにゃ こまっとっとよ コウツキん人やけニセモンんのダンツキ餅やちゃ」
「ありゃりゃ、そうやとね? 知らんやったばい そんならホンナモンば二つくれんね」

本物は一パックに7個も入っていたぞなもし チャンチャン!!


               参道の様子
1参道 (640x453)

               命婦の舞  地元の高校生かな?
2命婦の舞 (640x462)

右端に写っているのは神主をしている同級生の一門ちゃん わざと顔がきれたわけじゃございません 
             カメラのタイムラグです ^^;
3一門さん (640x480)

武者行列   敵はウン万人 当時迎えうった武士は八十余騎  今は・・負けるはずです
4武者行列 (640x479)

                 鳴弦の儀
5鳴弦の儀式 (640x469)

可愛かったので撮らせてもらった 
変に思われたらいけないので近くにいた在の人を介して写真を届けることで撮影をお願いした
6女の子 (479x640)

          こちらがニセモノ?のダンツキ餅
7ニセモノ (640x472)

          ホンモノのダンツキ餅
8ホンモノ (640x480)


           4パックも買ったので弟妹の家に届けた

対馬文学散歩Ⅱ

「韃靼の馬」は日経に2009年11月1日から2011年1月21日に亘り連載された新聞小説だ
私が購読している新聞は日経ではないが、たまに日経を手にした時に目を通す程度だったので
あらすじは分からないが対馬藩、朝鮮通信使、倭館・・・の文字からその都度、小説の中身を私の貧弱な頭の中で想像しながら読んだりした

今月のある日、地元書店の「郷土の本」のコーナーに単行本を発見、すぐに買い求めた

対馬藩主23代宗義方(そう よしみち)に仕える阿比留克人(あびる かつんど)という若い武士を主人公に、雨森芳洲、新井白石、朝鮮通信使の一行などが登場、ついにはモンゴルの地も
舞台になる壮大な時代小説だ
「国書改竄事件」の当事者19代藩主宗義智(よしとし)の玄孫(やしゃご)に当たる義方、
江戸家老の柳川調信の玄孫として登場する柳成一(ユ ソンイル)が克人の好敵手として絡む

文中、克人の婚約者が一人、阿須から歩いて鰐浦に現れたり、キタタキがけたたましく鳴いたり、
またツシマヤマネコの親子が鰐浦の民家の庭先に出現するなど「?」と思うようなところもあるが
18世紀を舞台にした小説ということを考えれば、対馬の宣伝もありか!!と軽く流そう

しかし、334ページの8行目から「・・・国書を改竄してまで通信使来聘を実現させた立役者が
調興であり、克人はその人物の孫と(成一のこと)・・・」は史実とは違う

小説で「柳成一」は「柳川調興の孫」という設定は構わないが、国書改竄に関わったのは
「調興」の祖父「調信」であり、「調興」は対馬藩が「国書を改竄した」と幕府に暴露した「柳川事件」の張本人である

柳川家の系図を分かりやすく書くと
調信(国書改竄) → 智永 → 調興(柳川事件で津軽に流罪) → 調永(小説では津軽から日本を脱出して朝鮮国に行く) → 柳成一(ユ・ソンイル、父調永と朝鮮人の母をもつハーフ)

   作者は小説を書く前に史実等、取材をされていると思うが、まぁ何かの勘違いだろう!とここも軽く流そう


作者は「村の名前」で1990年に芥川賞を受賞した「辻原登」
実名で文中に登場する歴史上の人物に創作を交え展開していく物語は、飽きることなく一気に読ん
でしまった

挿絵:宇野亜喜良


辻原登氏本人の談
http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY201108250188.html

東北大教授の野家啓一氏の書評を読むことが出来る
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20110905-OYT8T00327.htm


            小説の表紙カバーと帯
1韃靼の馬013 (640x415)


           鰐浦まで一人で歩いたという小百合さま
2韃靼の馬2014 (546x640)


一部と二部の構成でなる「韃靼の馬」・・・暇がある御仁は読んでみては如何でしょうか (*^_^*)

万葉の歌碑

美津島町には万葉の歌碑が9か所に設置されているのでそのうちの二か所を紹介する
まず空の玄関「対馬やまねこ空港」の公園には


         「竹敷の 玉藻なびかし 漕ぎ出なむ 君がみ舟を 何時とか待たむ」
1空港の碑 (640x472)

                 竹敷の遠景
2竹敷の遠景 (640x458)

対馬を代表する観光地の一つ、万関橋の近くにある展望台の横には次の碑がある

          「対馬の嶺は 下雲あらなふ 可牟の嶺に たなびく雲を 見つつ偲はも」
3万関展望台の碑 (640x461)

          「対馬の嶺」と歌われた有明山の遠景
4万関展望台遠景 (640x480)


            歌の現代語訳は・・・・

アップルパイ

相方はカステラやチーズケーキなど、自分で作ったものを自家用にしたりお世話になった方々に差し上げたりする
先日も、アップルパイを作ったから味見して!とノタマウので食べてみた
これがまた結構美味しい(決してノロケではない)
朝どきに食べる食パンも自家製、時々お店のものを食することがあるが塩辛いのであまり食べる気がしない


アップルパイ1パイ(640x479)

イチジクで作った手製ジャムをのせたイチジクパイ?2パイ (640x477)

箱詰めしてお世話になった方へ ハーブも我が家のものです3パイ3(640x466)


             食してみたい方はお早めにどうぞ (*^_^*)

              あっ 今回はもうありません _(._.)_


友、遠方より来る パートⅡ

秋田の田沢湖町から来ていた友(70歳)は朝鮮通信使の行列を見るために昨日も対馬に残った
彼は(彼と呼ぶには失礼になるが・・・)「劇団わらび座 民族芸術研究所」の理事長をしている

1997年に美津島町で開催された芳洲外交塾に参加しなかった私は一般公開の講演会だけ聴講した
別の友人がこの外交塾に参加していた
その友人と懇親会が終わった後の二次会を飲む約束をしていたので、宿泊先のホテルへ迎えに行くと彼は他に三人の塾生と一緒に待っていた
その中の一人が今回の同窓会に参加する日本側塾生の中で一番遠い秋田の友であった

今回の同窓会は対馬で開催、その案内状を出した
間もなく秋田の友から電話があった
「○○さん(私のこと)、あんたの顔を立てて参加するよ」と嬉しい声の便りであった

秋田の友は秋田の名酒「刈穂」の大吟醸の桐箱入りの他、3本の高級日本酒を同窓会に持ってきてくれていた
http://www.mohachi.net/kariho.htm
(二人で夕食をした時に聞いた話だが、コロ付きの大きなバッグは酒専用だったらしい)
3本のうち一本は私への土産だったが懇親会の席で皆に飲んでもらった

昨夕、夕食を一緒にする約束だったのでホテルに6時に迎えに行き「すみっこ」に案内した
「伊奈サバ」の刺身と「ミズイカ」の刺身を注文した
秋田の友は若いころ、胃を全摘していてビールを飲むことができない 味抜群の伊奈サバにはやはり日本酒が合う

うまい酒と絶妙な味の刺身、お互いの消息やこれからのことなど話はつきない
私は今、「韃靼の馬」という小説を読んでいて、まだ途中だけどなかなか面白いですよといった内容の話をした

秋田の友が店の玄関から出て行って暫くしてまた戻ってきたが、友の手には「韃靼の馬」の本があった
そういえば、秋田の友に紹介したホテルの近くには書店があった
私の話を聞いた秋田の友はその書店まで行き買い求めてきたのだ


通信使行列
行列1 (640x479)

通信使行列
行列2 (640x470)

通信使行列
行列3 (640x472)

味抜群の「すみっこの伊奈サバ」甘くてというか表現力が乏しい私には無理、とにかく食べてみて!
いっときも早く食べたかったので箸をつけた後の撮影となった ^^;
伊奈サバ (640x455)

ムックリ 「えっ モッコリ?」と思わず聞いてしまった私^^;  決してモッコリではありあせん
ムックリ (640x471)

そのムックリを鳴らす秋田の友  自分にはアイヌの血が混じっているかもしれないと笑いながら言った
茶谷先生 (640x453)

先にも書いたが、話は尽きることなく続くが秋田の友は明朝の高速船で海峡を渡るとのこと

6時を少し過ぎたころから始めた二人の酒飲みは10時をまわった
伊奈サバで「おちゃずけ」を作ってもらい終わることになった

友、遠方より来る

対馬藩に仕えた儒学者「雨森芳洲」が唱えた「誠心交隣」の精神を学ぶため
95年に長崎県の呼びかけで対馬6町が「芳洲外交塾」を発足させ、日韓の若者を中心に呼びかけ、
第一回の芳洲外交塾が厳原町で開催され、その後順次他の5町でも開催されていった

当時、すでに若者ではなかったが、モノ好きな私は聴講生も含め6回とも顔を出した
6町を一回りした2000年に一旦、外交塾は終わったが02年、「新芳洲外交塾」として復活した
この第一回の「新芳洲外交塾」を開催するにあたって当時の厳原町の国際交流員をしていた方から
相談を受けた
「過去6回の外交塾を開催したが、単年度の交流は僅かだが行われているが、1回から6回までの塾生同志の交流がないため国際交流の広がりがない 
第一回新芳洲外交塾の塾生を募集するにあたり「旧知の韓国人に声をかけ同窓会の組織を作り交流を深めてほしい」とのことであった
過去6回の外交塾で知り合った日韓両国の知人に連絡し外交塾に参加していただいた
一般募集の塾生を加え第一回の新芳洲外交塾が02年2月に厳原町で開催され、その年の11月に
釜山で第一回目の同窓会を開いた
日本からの参加者18人、韓国国内から42名が参加した

新芳洲外交塾は諸般の事情等により3回で終了したが同窓会は両国の持ち回りで翌03年対馬
04年はソウル、後は福岡、釜山、対馬、ソウル、釜山そして昨年は念願の東京開催となったが
東京のOBたちの都合で中止となった
毎年開催してきて今回で10回目を数える同窓会だが、一応今回をもって毎年開催を止めることが
総会で決まった
今回は韓国側24人、日本側21人が厳原町に集合しホテルで懇親会を開いた




芳洲外交交流会はどんな会なのか。2009年7月19日付け、西日本新聞に次の記事が載っている

 「95年に長崎県の呼び掛けで対馬6町が芳洲外交塾を発足させ、その卒業生(約500人)が2002年に設立した。塾では日韓の市民が芳洲について共に学んだが、交流会でも一般参加者も含めて年1回、福岡、ソウル、対馬などで持ち回りの勉強会を開き、人と文化の交流をしている

2002年2月に開催された新芳洲外交塾の懇親会の様子
1懇親会

昨日開かれた第10回目の交流会
2懇親会M (640x471)

フィナーレ 日本の「ふるさと」を韓国人OBが歌った後、韓国の童謡「故郷の春」を歌って会を閉じた
3フィナーレ1(640x478)

記念撮影
4記念撮影 (640x476)


今日、夕方までに韓国や福岡方面の会員は帰っていったが、秋田県田沢湖町から
参加してしてある方が今夜まで厳原に宿泊されるので、今から二人で食事(酒飲み?)です

亥の子

昨夜は「亥の子」だった
カレンダーにシルシをつけていたが晩酌中だったので失念していた
玄関のチャイムが鳴り子どもの声で「こんばんは~、イノコです」
慌ててカメラ片手に表へ出た

昭和53年(1978)9月30日発行の「美津島町誌」には
「イノコ」
旧暦10月初めの亥の日を亥の子といい、この日は畑にはいってはならない。新米で赤飯を炊き柳の木で作ったアイギョウを添えて、神様・仏様に供える。
また、イノコ餅もついて神棚にあげる。

          ――― 中略 ―――

一番イノコの晩には、子どもたちがイノコブリをして村中をまわる。
イノコブリは、丸い石を使うところ(今里・緒方・島山・鴨居瀬・など)と、松の胴切り
したものを使うところ(濃部・賀谷・小船越・黒瀬・大山など)があるが、・・(中略)
家々の大戸の前に行き、イノコブリの歌を歌いながら地面をたたく。
家々では子どもたちに金をくれる。(以下、省略)
  
また、昭和38年(1964)4月30日発行の「新対馬島誌」に「亥の子ぶりの歌」として
次の地区の歌が紹介されている。
瀬・厳原・鶏知・濃部・仁位・小綱・千尋藻・曽・櫛・青海・木坂・狩尾などで歌われた
亥の子ぶりの歌なのだろうが、多分、取材された編纂委員の耳で聞いたものを書き取った
のではなかろうか

他の地区にもあるだろうイノコブリの歌は取材の都合で省略されたのだろうか
新対馬島誌に収録されている鶏知地区の亥の子ぶりの歌だが
私が子どもの頃、鶏知地区で歌っていた歌と歌詞が少し違うように思う。
私の記憶(あまり定かではないが)している内容と違う

昨夜も、イノコブリに来た子どもたちの歌を聞いたが、最後まで歌わないので
「ちゃんと最後まで歌うてみんか!」と言ったら
「おっちゃん、だぁ~も最後まで歌うもんな おらんヨ」と、軽くいなされた

            カメラを意識したのか、恥ずかしそうに歌い始めた
亥の子1 (640x471)

            歌が終わった後、待ってもらいいろいろ尋ねた
亥の子2 (640x456)

            木製の槌 時代の流れだろうが、味気ないものだ
亥の子3(450x640)

            こちらは私が子どもの頃のもの スケールをあててみた
亥の子石 (466x640)

胴のくびれた部分にカズラをまき、そのカズラに引っ張り用のカズラを何本か通して使った
町内といっても「中の町」の20世帯くらいだったろうか
当時のお祝儀は、多い家で100円 後は10円~50円くらい
終わった後、世話役の家に行き「平等に配分された小遣いは100円前後!」
それでも当時の子どもたちには大金であった

昨夜のメンバーに小学生がいないので尋ねると、小学生と中学生の二班に分かれ地区割りを決めたそうだ

風紋

            風が走った
            砂が走る

            また風が走った
            砂が舞い、走る

            風は走り砂が走る
            そして二度と同じ姿を見せてはくれない


砂1 (640x409)


砂2 (640x413)


砂3 (640x462)


砂4 (640x433)


砂5(640x443)

                     みごとな日の丸的構図!!
みうだ浜 (640x480)


         拙い文章よりも素敵な眺めをどうぞ!!


釜山の街並み

一昨日、小用があり佐須奈まで行くことになった
佐護で一つの用事を済ませ「あじさい街道」を北上・・・
助手席には佐世保からの来客が乗っている
彼は国道を北上したことはあるそうだが、この「あじさい街道」は初めてという
「異国が見える展望所」に行く途中、「海の向こうに韓国は見えませんか?」と尋ねると
「あっ、何か海の向こうに見えている!」けだるい午後の時間、俄然元気が出たようだ
「もう暫く行くと展望所があるのでそこでゆっくりと・・・」

展望所で下車して海の彼方を見てみると韓国の山脈が・・・そして高層ビル群が肉眼で見ることが出来た
午後の気温が少し高め、空気が揺れているので鮮明には見えないが、常備している双眼鏡で覗き込むと釜山の街並みがはっきりと見える
同乗の彼は、韓国に行ったことはないし、もちろん韓国を見るのは初めてだと、興奮して語る

突然、遥かかなたの上空がギャア、ギャアと騒がしくなった
初めて見るミヤマガラスの渡りだ
対馬で越冬するため海峡を渡ってきて、対馬の西海岸にある集落の田圃を中心に春まで過ごす

ミヤマガラスに混じってコクマルガラスもいる
その中にパンダ型と言われる白黒模様のカラスも、数は少ないが見ることが出来る

落ち穂を食べながら田圃から田圃へと騒々しく移動していくカラスたちは、対馬のある意味での冬の風物詩の一つではある

高層ビル群が肉眼で見えた
1pusan(640x474).jpg

海峡を渡ってきたカラスの群れ 上の写真のコンテナ船と山並みがうっすらと見える
2カラス

定番?海栗島と韓国の山並み 海栗島を入れるためカメラの倍率を下げたので見難い
3pusan(640x479).jpg


こちらも定番の鰐浦の韓国展望所からの遠望 倍率を上げた
4pusan(640x475).jpg

鰐浦に回って来た時は午後3時を過ぎていた 太陽の位置は斜め前、気温が高くなっていて
コンデジでは鮮明な写真を撮ることが出来なかった

記念切手パートⅡ

昨日発売された記念切手、専門用語?では「フレーム切手」というらしい
地元の郵便局ではドタバタ騒ぎ?だったが、鳥友が勤務する郵便局でも「一シート」を求めた
この「シート」という表現に私の成長の後が見て取れる(まったくの自画自賛だ)

天下のJPさんが定価に比べ高価な「フレーム切手」を収納する入れ物がないなんて考えられない

地元局のために弁護しておこう
「郵便局ビジネスサポート(株)」から、バーコード付きの定価が貼り付けられ、プラ容器のリサイクルマークがついた専用の袋があったのだけれど、開店と同時に入ってきた客が「フレーム切手と言わないで記念切手」などと、訳の分からんことを言うものだからアワテタだけだったのだ

その鳥友が勤務する郵便局は小さな局だが、リサイクルのプラマークがついた専用シートに入っていた
生憎、鳥友は不在だったが窓口の女性職員の方は笑顔で対応してくれた
しかも、シカモですよ「これはオ・マ・ケです」と言ってシートと同じ写真で作ってある「絵葉書」5枚をいただいた \(^o^)/
鳥友には前日のうちに買い求めに行くことを連絡していたので、気を利かしてくれたのであろう
オマケと言われて渡された「5枚組の絵葉書」は、多分鳥友がポケットマネーで作ったものを
私に用意していてくれたのだろうが正直に嬉しい

コウライキジの写真だけが切手の写真と違うようだ
記念切手011

ツシマテンは可愛い顔をしています
記念切手2012


    二日連続で切手の話になってしまった

記念切手

11月1日、本日発売された「野生息衝く 対馬のいきもの」という切手シートを買ってきた
昨日の夕方、地元の郵便局に電話で発売時間を尋ねると、その切手のことを知らないのか同僚に聞いていた
その時は(夕方5時ころ)まだ品物が届いてないらしく、「明日(今日のこと)一番で入ります 時間は9時からです」と、電話の相手

そして今日、9時5分前に郵便局に行ったがカーテンは閉ざされたままだ
ま、他に並んでいる人もいないし玄関前で時間待ち・・・ジャスト9時にカーテンがあきドアが開いた

窓口に座っている女子職員に「今日発売の対馬のいきもののシートを3枚ください」と、ワタシ
「えっ なんでしょうか?」と、女性の職員
「だから、今日発売される切手ですよ」と、ワタシ
困った顔の女性職員・・・

横でやり取りを聞いていた別の係?の男性社員が「ああ、あれのことか、さっき荷物が届いた・・・」
紙包みを開けて「これでしょう?」と、男性職員
「はい!それです 3枚ください」と、ワタシ
「3,600円です」と、女性職員
シートをナイロン袋?に入れようとするが、シートの方が大きく入らないで苦労している
「あ、これ持ってきていますから」と、ワタシ
A4サイズの書類ホルダーを渡して入れてもらった

限定1000枚の発売と聞いていた この地元局には100枚の割り当てがあったとか
都会の郵便局なら行列ができるという「記念切手」の発売日
まあなんとものんびりした田舎の郵便局だったが、開店時間はピッタシ9時だった

記念切手などに関心はないが、実はこのシートの写真は鳥友の二人が提供しているので買った次第


これが「本日、朝からお騒がせの切手シート」
記念切手010


ワタシにだって撮れるんだ (*^_^*) ヤツガシラのドアップ
yatsugashira  (640x480)

ヤマショウビンだって・・・・
2009-05-24 yamasyoubin 035 (640x388)

      別に鳥友と張り合ったわけではございません

   もう一人の鳥友は郵便局の職員だから名前が出ていないのかなあ?・・・

プロフィール

テマドハルベ

Author:テマドハルベ
団塊世代、もうすぐ後期高齢者。
花鳥風月、なんでもありのブログです。

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